2017年11月9日木曜日

一泊二日入院ドック2017

今年も一泊二日の人間ドックを受検。
今年度から、受検可能な医療機関が絞られてしまい初めての市立病院で
今までと違い、施設が大きく移動距離も長く、宿泊は別のホテルだし、少し面倒かな。別にドックを利用してホテルの和洋中から選択するディナーなんて食いたいと思わない。
むしろ、医療機関にかかるかとがないので、病院食の方がずっと良い。
順番は1.身体測定&血圧、2.採血(糖負荷検査も)、3.眼底撮影、聴力、4.大腸検査、6.肺機能検査、7.心電図検査
昼を挟み、8.X線検査、9.眼圧検査、10.頸動脈音波検査、で初日は終了。
終わって、宿泊先のホテルに到着したのは午後3時。
時間が余りすぎだったので90分ラン。久し振りにサンセットランをすることが出来た。
コンビニへ買い物に行こうとしたら、何か要人が宿泊するらしく、通路を指定される。スンごく迷惑なんだょな。
指定された時間になったので、選んでおいた洋の晩飯を食らう。
ランニングしたせいもあり腹が激ヘリ。
確か一昨年の人間ドックも、ここに泊まったはず。渋くなった思い出の引き出しの隅から「洋が一番量が多かった」という記憶を引き出した末の選択だったのだが、重要な炭水化物のパンが小さ杉。

魚もスズギだったら和風ソースでなくて白ワイン蒸しでないのかな?スズギ特有の生臭さというか淡水臭さが消えていないし。仕方がないからパンに付いてきたバターを付けたらそれなりにイけた。
メインのローストビーフは味付けが薄かったような。人間ドックなのだからカロリー重視な味付けなのかなと。
食いながら量が少ないと感じていたが、45分くらいかけると満腹感を得られるものだよな。
10時半頃にベッドに入るが、枕が変わると眠ることが出来ない。睡眠不足のままに朝を迎える。
二日目は1.検尿、2.血圧測定、3.腹部エコー、4.胃カメラ、5.総合検診。
腹部エコーは、いつも受検しているときより圧迫感が強め。痛いくらいだった。
胃カメラは久し振りにキツかった。もしかすると管の太さは今まで一番太かったかも。初めてだった喉への氷の麻酔も合わなかったのかも。
こりゃ次回以降は変更検討の余地ありだろうな。
最終結果が不安なのだな。。

2017年11月4日土曜日

11月初ライドはマラソンの応援を兼ねて

今日は会社の後輩がまんたらめのマラソン大会に出場ということで応援を兼ねたライドを。
折り返し地点でスタートしてから、一時間経過していた。当然、彼は通過したものと思っていたら、ドリンクを飲みながらオバさんたちたと談笑。そして近くには「ハーフの部最後尾」のゼッケンを着けたスタッフが。
「2時まで飲んでました。ヤバいっす!」と。そのあと「これから20人は抜きます!」 と言い放つ。
またいつものホラ始まったな、と思ったが「諦めるなょ!ちゃんとこまめに水分補給してな!」 と声をかける。
そのあと、チンタラとゴール地点までペダルを回したが心配になって引き返す
途中で藤倉水源地の撮影スポットで撮影してから下っていくと、彼を発見。
一人は抜いていたようだった。
微妙な距離で彼の後について檄をとばす。撮影スポットを過ぎたあたりで追い越し、ゴール地点わ目指す。
コースボランティアの配置を見てビックリ❗️ここのエリアの一番キツイ勾配を上らせてから下り、そしてフィニッシュまでひたすら登らせるという、なんとまぁ変態なコース(-_-;)
もしかして県内最狂のコースレイアウトなのかも知れない。
フィニッシュ地点まで行ったのだが、知り合いとは会えず。下って彼の応援に向かう。時間的にまだまだ来ないはずだったのだが、遠くに最後尾のゼッケンが目についた。ということは、彼は劇坂に向かってしまったようだ。
予想以上のペースアップにビックリ。
宣言通りに20人は追い越したのかも知れない。
オレも10歳若かったら、これくらい出来るのだろうかな?と思いながら家に向かった。
久し振りなので、ケツの痛さがキツい。今シーズンは、後何回ペダルを回すことが出来るのかな。

2017年11月1日水曜日

秋雨の中のあきたこまちリレーマラソン。。。

今年は雨のレースが半分を占めた。多分、今年最後のレースになるであろうかのリレーマラソンも。
寒さはハンパなかったな。
結局、何人で走っても前から二人は一周増えちゃうのかな。
事前に決めておいたオーダーも、案を出したメンバーがギリギリの到着で組み直し。
ゼッケンが配布された時、襷のチップを確認していたら「襷渡してナンも言わなかったから、やっぱ、一番で良いっすべ!」 って。
何故か第一走者に決定。チップが二つ入っているか確認していただけだったのだが(。>д<)
スタート直前になっても雨は止む気配は無い。
スタート地点についてエントリー者数を確認すると、大した人数ではない。
これは後ろの方からの襷渡しになるな、と感じた。
我がAERから二チームエントリー。
もうひとつのチームの第一走者は同い年のK谷さん。おっとこりゃ丙午ダービーじゃ。

スタートまで長く感じられた。何せリレーみたいな競技でトップなんて産まれて初めて。
走ってみると、完全にウォーミングアップ不足。体がいつになく重い。
10km未満は「肺で走れ」とは言うものの、そこまで心拍が上がっていない。
今回は参加当初から継続しているサブスリーが課題。一人の持ちタイムはキロ4.15分。
一本目は何とかクリア。 予想以上のキツさ。「ホントにもう8本出きるのか?」と。
二本目からは1kmになるが、キツさは変わらない。昨晩の酒が沸いてくる。
三本目、四本目まで酒が内臓の隅々から沸いてきて吐き気まで上がってきた
段々と雨は強くなってきて、六本目でとうとう、課題のタイムをオーバー。
あと三本と言い聞かせながら七本目へ。

もう、脚が上がらなくなってきた。ピッチどころではなくなった。タイムはギリギリキープ。
ラストは残念ながらオーバー。九本の平均タイムは何とか4.11でクリア。全部キレイにクリアしたかった。
今年のPBの43分より早かったんだよな。
まぁ合計タイムもサブスリーを達成出来たので良かった。
こんな練習していたら、アラフィフでも10kmを40分切れるだろうな。

2017年10月8日日曜日

100kmマラソンという名の冒険 完

ラスト4km。ここまで長かったのか?短かったのか?自問しながら走っていた。いや、どちらでもない。
一番思ったことは「人間、それなりの覚悟をすれば出来ることって、いくらでもあるのかな?」と。
3km付近は住宅地を通過する。住宅地の割りに人の姿は少ない。
「時間も沢山あるから歩いてもいいかな?」と考えると、もう一人の自分は「ここまで頑張ったんだから、最後まで走れ!」と。
そうこうしているうちに、商店街に突入。ブラスバンドの演奏の太鼓とフィニッシュ地点の大太鼓と間違えたり。
商店街では、一人ひとりのレースナンバー、出身地、氏名がコールされて非常に焦る。
「あざーす!」と最後の元気を振り絞る。
駅が近くなると、本物の大太鼓の音が耳に入ってくる。フィニッシュ地点のに近づくほど体に震動を感じる。
「オレって、ホントに100km走ったんだよな」と
ジワジワと混み上がる。
50kmの選手のスパートにつられて、最後はチョッと頑張ってみたり。
そろそろ100km制限時間13時間という冒険も終わりを向かえる。
フィニッシュラインは、今までで一番の笑顔だったと思う。
フィニッシュ後、知り合いを探す。
何と着替えたF先輩が「お疲れ!悪ぃ!45kmで脱水症状になってリタイア。もうビール二つ目だで!」と。
ていうか、人をこのレースに誘っておいて二日酔いでリタイアするなよぁ(#`皿´)
そのあと、完走証をもらってから飲食用テントに。
そして致命的なミスに気付く。
無料飲食券を監督に預けた荷物に入れたままだったという。
その監督は77歳のA先輩がフィニッシュラインを向かえるまで付きっきり。
A先輩は、制限時間五分前になんと18回目の完走。それも先週、田沢湖のフルを完走しているという。。
このレースは年齢とか、言い訳にならないのだよな。
タイムが遅いとか速いとかでもなく、数々のアクシデントを乗り越え、人々の優しさに触れ、身体の限界を乗り越えて辿り着いた旅人だけが勝者と名乗ることができる冒険なのかもしれない。
さて、来年もこの冒険をしてみるかって?それはどうだろう。
いつもレースで離したことがはい、この御守りに相談してみてからにしよう。

100kmマラソンという名の冒険 その7

エードの500m手前で「あと500mでエードです。頑張って下さい」と照れながら小学生が案内を。
おもてなし、っていうか、これは過去26回開催した大会の文化だろう。
小さな子供たちまで内陸100kmスタッフ魂が浸透しているなんて、同じ秋田県民として胸を張ることができるなと。
17エードで残り11km。
ここまで来たことが自分では信じられなかった。
最後の冷やしタオルで顔を拭く。
先着していたFさんが「トイレしてくる」と。
待ってても良いけれど、付いていけないので、一足先に走り始める。
大野台へ向かう道路は最初から「痺れる坂」が目につく。
大覚野峠を上った時みたいに、別人の脚になるのかな、思ったが、やはり、そうではなく、悲しいことに歩くより遅いペースのランニングになっていた。
内陸線の踏み切りで、通過時間とバッチリあってしまうという珍事が発生。
ボランティアスタッフからも「いやーっ、踏み切りで引っ掛かるなんて、かなりレアだすよ!」と。
確かに昨年、ここの踏み切りを、何回も通行したものだ。
しかし、一回も遮断機が降りて来たことはなかった。
ラスト9kmで、Fさんが追いついてきた。ここのダラ坂も何ともいえないくらい厳しい。
「この坂のあと、空港下のトンネルで坂は終わり。あとはくだりと平坦だから一緒にゴールするべ!」と言われるが、今のボロボロの脚では付いてゆくことは最早無理。
「コンビニの手前で坂あったすよな? マイペースで行くんで、どうぞそのまま行ってけれっし」と。
無理をして、他人のペースに合わせて走ること自体無理になっていた。
上り坂ラストであろうと思われる北空港下の上りでは、薄暗くて対向耳を引き裂くような自動車の走行音の中、視線は前を見ることが出来ず、路側帯とニラめっこモードに突入。
5kmを計測してみる。すでにキロ7分15秒くらいまでDown。
川口の交差点の信号に辿り着く。
ここを過ぎれば、鷹巣の市街を一望できるスポットが長く続く。
大体の選手たちは、ここで一気に疲労回復するらしい。
~~次へ

2017年10月3日火曜日

100kmマラソンという名の冒険 その6

エードが目に入ってきた。しかし、昨年応援に来たときよりギャラリーは少ない。どうやら50kmの部スタートから30分前だったからか。
しばらくするとゾロゾロと選手達がスタート地点に集まってきた。
補給食の入れ換えをしにテントに向かう。そこで我がチームのMさんと会う。やはり早い。「昨年より一時間早いです!」と余裕の笑顔で先だって行った。
スポドリを飲んで後半戦に向かう。そこで、今年は50kmにエントリーした、いつでも元気印のM橋くんから「ナイスランだすな!」と労いの言葉
ここからは仕事で何回も通っている。でも自動車だから時間感覚での距離感はアテにならない。しかし、次のエードは思っていたより近かった気がした。
「55km」の看板が目に入る。
「あっ、今のオレってフルマラソンの距離より長く走っているな!」と妙な感動が。
ほぼ五キロ毎のエードで水分補給をしたが、この気温からして補給過多だったのかも知れない。しかし二日酔い気味だったので喉がカラカラになる。
エードのトイレまで間に合わなくなってしまった。キョロキョロと場所を探していたら、S原さんから声をかけられる。二言、三言交わして別れた。話している間にも、危険水域が近かった。あのまま一緒について行けたらかなりのタイムになったことは間違いなかったのだが。
ようやくそれなりの場所が見つかり用を足す。
ロンリーランになりつつあるところで、我がチームの東京隊のアイアンウーマンのS戸さんに追い付く。
「何か虫に刺されたみたい」と彼女。「蜂だった?アブだった?」と訪ねるも「痛いっと思ったら、虫が居ませんでした。次のエードに医療スタッフがいるらしいので頑張りますっ!」って言い放ち、鬼走りで走っていった。
「蜂だったら、走っちゃマズイだろ」と言いかけたものの、届くはずもなく。次のエードまでは10km以上あるのにな。
そうこうしているうちに、阿仁トンネル回避の萱草集落の旧道に入る。ここは初めて通る。何とも微妙な山道。曲がりくねったうえ長い。ここでS戸さんの追い付くも、すぐに置いていかれる。虫に刺されているのに凄い。さすが250km走完走ランナーだな。
曲がりくねった旧道が終わると国道105に戻る。ここからは平坦な道に。いつもはひとっこ一人見かけないのに「えっ、こんなに人が住んでいたんだ!」って思うくらい沿道から応援される。
比立内から阿仁って、こんな距離だったかな?と感じながら阿仁の中心部に。
50kmの選手達が元気に追い越していった。マイペースを継続して役場前のエードに到着。
監督から出迎えられる。
「良いペースだ!このままだったら、もう歩いてもタイムは間に合うぞ!」と言われる。
奥の方のテントのボランティアのマッサージが目につく。そして先客はいない。
マッサージされれば足が軽くなる、って聞いていたのでやってみた。
「時間は何分ですか?」と聞かれ、「五分でお願いします」と
始めに大腿四頭筋、次にハムストと足首。これがやたら気持ち良い!不覚にも一瞬睡魔に誘われる。「いかんいかん!」
結局五分はオーバーしてしまった。
そして大変なことに、逆に揉み返しが来てしまい、役場前の激坂は歩くしかなくなった。
持参した消炎剤で何とかしのいだ。不思議なことに、それから10分後には前に戻った。マッサージなのか消炎剤のせいなのか。
噂の「しそジュース」を飲んだ。クエン酸が良い感じだったが少しぬるかったかな。
65kmの看板から5kmのタイムを計測してみたらキロ6分半くらいまで落ちてきた。
「まずいな。歩いても間に合いそうだから無理しないでいこう」と言い聞かせる。
集落が途切れたところで、反対斜線の原チャリから声をかけられる。S藤さんだ!まさか潟上市から原チャリで応援に駆けつけるなんて凄いぜ!
阿仁前田までもう少し。
歩きたい気持ちもあるのだが、どうしても歩いてしまえば、走ることが出来なくなりそうだった。「あと五キロ頑張って走ってみよう」と言い聞かせていると、S村さんが車から追い越しがてら応援してくれた。何か皆、自分が辛くなっている場所で応援してくれる。なんて幸せなんだ。
阿仁前田の十字路が目に入る。
「ここまで自分の脚できたんだ!オレって結構できるな」と思っていたら、先程追い越していったS村さんとわざわざ秋田から来てくれた、T口さん、F原さんが四季美館前で盛大に応援してくれた。
「よしっ、何がなんでも完走はするぞっ!」っと気合いが入る。
ここから米内沢までは結構近いと思ったのだが結構遠かった。
集落が途切れたあたりは結構気持ちが折れる。そんなところてサブテンランナーのFさんから後ろから声をかけてくれた。今回は調子が悪いので完走できればいいっ、みたいなことを言っていた。膝の調子も悪いみたいだった。そういえば先週、田沢湖のフルも走っていたんだよな。
「先に行ってもいいぞ」と言われたので、マイペースを継続して次のエードへ向かう。
再び「もう五キロ頑張ってみよう」と言い聞かせるものの、すでにキロ7分ペース近くまでダウンしている。
国道105から旧道にそれる。
先回りしていた監督にピースサインを。
すると監督がビックリしていた。「このタイムだったら歩いても十分間に合うぞ!」と言われる。
エードの冷たいタオルが凄く気持ちが良い。今回のエードの目玉である、ババヘラアイスがあったのだが、腹の調子がイマイチなので、スルーして次のエードへ向かう。
ここからは精神力勝負になるんだろうな。特に合川までの田圃の一本道は。
~~次へ続く

100kmマラソンという名の冒険 その五

大覚野峠入り口のパーキングエリアがエード。
ここでは名物になっているナメコ汁がある。ナメコ汁の前に荷物整理を。
ビンボー眼鏡ランナーは、偏光の度付サングラス等もつ術もなく、スタート時は普通の眼鏡、陽が眩しくなったらサングラスにチェンジ。
ということで、バックパックからサングラスを取り出す。
サングラスにしたあと、名物のナメコ汁を。
大覚野峠に気をとられたせいか、喉が乾いていたせいか、知らないが、ナメコ汁でむせてしまう(-_-;)
噂で、峠は皆歩くのが普通と聞いていたが、結構走って上っている人が多い。
この坂を越えると、第一ステップの比立内荷物預かり所。
補給食を流し込み、坂ばかモードにシフト。
ここは、厳しい坂が二つあり、途中は下りもあるので足を休ませることができる。
ひとつ目は、斜度が緩め。
順調に上る。何故か、今までの腿の疲労感がピタリと無くなった。他人の足が付いたみたいになった。
「待てよ!二つ目の方がキツい。ここは無理しない!」
下りで足を休ませる。
二つ目の坂が目に入ってくるり
そこで、ミスター山岡家のS木さんに、やっと追い付く。
「やっと追い付いた!」と声をかけて、そのまま追い越す。
「頑張り過ぎればダメだす」と
言われたり。
気分は数年前の有馬記念の勝馬「ゴールドシップ」。
目につく選手は止まって見えた、と言えば大袈裟か。
不思議なことに、上っているときは腿の疲労感はピタリと止む。
「このまま最後まで行けたら」と思うと、頂上近くのスノーシェッドが目に入ってきた。
てっぺんに差し掛かると、名物の「大覚野神社」が巫女さんがお祓いをしていたが、先客がいたのでスルー。とにかく前半の貯金をしたかった。
前半の下り坂は斜度がキツい。無理にセーブするより、前傾姿勢を維持してストライドを短めにして、リラックスして下る。
緩くなったかところで、二、三人に追い越される。後ろに控えながら、彼らの会話を聞いていると、どうやら一人が蜂に刺されたらしく、右足が腫れていた。この時は、酷い蜂騒動になっていると思っていなかった。
沢の水音が心地よい。安らぎを与えてくれるが、耳は澄ましたまま。まだまだここは熊がいつ出てきても不思議ではなく。
下りながら、バランスパワーの抹茶味を補給。上りで喉がカラカラになっていたので、バックパックからドリンクを出す。こんな時はドリンク持参が助かる。しかし、今回始めて試す蜂エキス混入のヤツは非常に不味い。
道の駅まで二キロの看板が目につく。手元で計測してみたらキロ6分くらい。想定通りのタイム推移なのかなと。
  トンネルが目に入ってきた。
まだ半分なのだ。
~~ 次へ続く