夏の最後のクロススポーツとして8月4日、釜石はまゆりアクアスロンに参加してきた。20数回続いたトライアスロン大会が、東日本大震災で開催出来なくなり、代替開催として、昨年は「オープンウォ-ター大会」今年は「アクアスロン」として開催された。
リレーチームをあわせると140名程が参加した。当日のコンディションは「水温18度、気温23度」という厳しいものに加え、若干、波が高く思えた。フローティングスタート方式なので、スタート地点かである程度、岸から泳いでいかなければならない。しかし、スタート地点に辿り着くまで時間がかかった。自分は後ろの方から海に向かっていた。「水温低いからって、トロトロ歩いてんじゃねぇよ!」と心の中で思っていたが、実は水温のせいではなく波があまりにも強くて、引き波にのらなければ海に入れないという状況なのであった。
スイムは直線375mを2往復する昨年と同じコースレイアウト。スイムは今シーズン好調を保っていたが、この水温では昨年並みの30分台中頃が上等なのかなと、思いながらスタートしたのは午前10時。今回も位置取りは前気味だったが、フローティングスタートはあまりゴチャつかず、顔を蹴られることもなかった。新しいウェットスーツは2mmという薄いスキン生地が前のより広いため、直接、体に海水が入ってこないので、体温低下を防ぐことが出来たのでは、と思った。折り返し地点に到着するのは思いのほか早かった。ヘッドアップして順番を確認すると、30番には入っているようだった。
2往復目に突入すると、波が高くなってきた。ブレスをしながら波の高さを見ていると、サーフィンでいえば膝高くらいのパワフルな波が2,3度襲来。上下しながら泳ぐのは非常に疲れる。2回目の折り返し地点で、まだ一往復を終っていない選手を「彼らは制限タイムギリギリなんだろうな」と思いながら追い越す。
スイムフィニッシュ地点に近づいたが、スタートの入水時と逆で上がるのに一苦労する。引き波に負けると上がることが出来ないので、寄せる波にあわせて階段をダッシュしなければならなかった。
トランジッションでウェットスーツを脱いでランに向かうのだが、ウェットスーツを脱ぐ前にタイム計測用のアンクルバンドを外さなければならなかったが、外すのを忘れてしまい脱ぐのに手こずる。焦る気持ちは大きくなり、体を拭いてから上着を着なければならないが、体を拭くことを忘れ、濡れたままでは、コンプレッション系シャツなんて着るのに苦労するのは当たり前なんだが。目の前でカミさんがイライラした厳しい視線を投げつけていたが、何事も無いように振る舞いランに突入。そこで心拍数を確認するとすでに心拍数は150に
ランのコースは一周3kmほどを三週する。トランジッションで手間取ったために、既に2,3人には抜かれていたようだった。途中でトンネルがあり、そこを6回通過する。トンネル直前で三人で併走するが、1人は急にピッチを上げられてしまった。二人で走る。ここで心拍数を確認するとまだ170くらいなので追い越した。前には、まだ3kmも走っていないのに、歩いている若者がいた。多分、勢いで参加したリレーチームなのかなと。
1周クリアで青のゴムバンド、2周目で赤のゴムバンドをはめて周回確認する。1周目を過ぎればスイムフィニッシュ者も増えて、コースの中に選手が溢れてくる。ゴムバンドの数と色で、他の選手の状態を確認するが、ランを苦手とする自分は、2周目までで7人くらいに抜かれてしまった。2周目のトンネルで応援していた子どもとハイタッチ!これが何とも気持ちイイ!三週目に入るとき、カミさんと娘からゴール付近で応援してもらう。これがかなりパワーとなった。やっぱり、知り合いから応援してもらうと力になるということはホントなんだなぁと。しかし、あとから「お父さん、あの時の走り姿、イッパイイッパイだったよ。救急車で運ばれてこないか心配だった!」と、本人はそんなに疲れていなかったのだが。
3周目の折り返し地点で、地元の方々から声援をもらう。ここは、震災の支援で来たことがある場所なんだが、あの時と比べてみれば、瓦礫が片付けられて、雑草が伸び放題になっているだけだった。何ともいえない風景を目にしながら、ゴールに向かう。
トンネルを抜けるとゴールはもう少し。1人を抜いてゴール。ランのタイムは目標としていた50分切りを達成。手元では47分を差していた。リザルトでは47分10秒だった。うーん、スイムの後でこのタイムは自分自身を誉めてあげたい、この子はやれば出来る子なんです!と。
ゴール後の食べ物も昨年より増えていたような気がした。写真のほかにも、まだ2,3品あったと思う。
閉会式まで時間があるので、郷土芸能の「虎舞」を演じていた。その時、震度4の地震が太平洋沖で発生。久しぶりの地震にかなり焦った。大会事務局からの指示が遅かったような気がする。まさにここは、多くの犠牲者が出た場所なので、焦る気持ちはただものではなかった。こんな時に限って、息子とカミさんは「虎舞」を見ているし、娘は車に荷物を置きにいって、家族がバラバラ。揺れがおさまったあと、岩手のトライアスロン仲間のOさんが「家まで遠いんで、気をつけて帰ってくださいね。」と心配してくれた。また揺れると怖いので、閉会式には出ないで車に乗って会場を後にする。
帰り道、釜石大観音を目にした息子が「あそこって、上まで上れるの?遠い?」と。すぐに帰りたい気でいたが「あまちゃんの場所くらい、歩かなければいけないよ。歩く気がある?」と。朝ドラ「あまちゃん」のロケ地に行ったとき、結構、歩いた記憶があるので、カミさん、娘は歩きたくないようだし、例えとして聞いてみた。そこでまた息子が「あまちゃんの場所くらいだったら歩けるよ!」と仕方無い。あんまり来ることが無いし、これといった夏休みの思い出もないしなぁ。観音様の上まで階段を歩くなんて、スイム+ランで11.5kmを消化してきたオヤヂには修行以外のなにものでもない。
何とか観音様の階段200数十段を上がって降りてきた。次の日の筋肉痛はレースの疲れか、階段昇降の疲れなのかよくわからなかった。今年も夏のレースは終った。さてと来年は全レース棄権しないで完走できるのか、不安な年頃になってきたものだ。。。



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