12月は憂鬱。仕事もそれなりに忙しくなる。何より頭痛の元はクリスマスのプレゼントである。
上の子は、サンタクロースの存在を知ってしまったので、どうでもいいのだが、下の子はまだまだ考えなければいけない。自分の子どものころは「サンタクロース」なんてハナから信じていなかったし、一種の儀式みたいなものと割り切っていた。しかし、結婚して子どもが生まれるとそうにはいかない。
今日の母と子の会話は、母:「サンタさんに何お願いしたの?」子:「そんなのプレゼント届いたらわかるでしょ!」と
今はそんなもんなのかな。時代が変わればこんな感じになるものかと。「プレゼント」ありきのクリスマスは日本だけと思う。それもそのはず、日本は異教を認め続けている、地球上では珍しい国家&民族なのだとつくずく思う。
アラフィフになった今、「プレゼント、何がいい!」と聞かれれば、今となっては贈る立場になってしまっているので思い当たらない。本当に欲しい物なんてすぐには出てこない今日この頃。やはり、贈る立ち場になって考えてしまう。そう考えるのならば、一日でもいいから自分の脳梗塞の後遺症があるオヤジの左半身を動かしてやりたい。
家族を養うために一年のうち、盆正月と祭典以外は殆ど働いてオヤジ。そんな中、クリスマスのプレゼントも殆どかなえてくれたオヤジ。オレの力では昔に戻すことは不可能である。もう一度、鉋をクルッと廻し、細かく歯の調節をしながら、2間半の長さの柱の鉋掛けしていた、凄腕職人だった姿をもう一度見たい。切れることない鉋屑。今は誰にも出来ないと思う。
まぁ、夢は何度みてもいいんだよなぁ。しかし、現実を受け入れなければ夢は苦痛になるだけなのかも知れない。受容は辛いこともあるだろうが、前に進むために必要なことなんだよな。さてと、「届いたらわかるでしょ!」というものを探しに明日はかけまわることにする。

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